「キャラが被ってるんですよね」
「被ってる?」

速水が呟いた一言に、浜野が首を傾げる。

「ほら、あの二人……」

速水が差した先には、背番号10と11とが並んでいる。
すなわち、雷門中サッカー部の新たな2トップ、剣城京介と倉間典人。

「被ってるって……全然違わね?」
「被ってますよ、ほらよく見てて下さい」
「んー?」

浜野は覗きこむように、二人の間に視線を送る。
そこに居たのは背番号8、本日初ゴールを決めた期待の新人・松風天馬。
天馬はほどけた靴紐に悪戦苦闘しながら、その場にしゃがみこんでいた。
そして剣城と倉間の視線は天馬に向かっている。
――お互いに唇を噛んで、握った手をぷるぷると震わせている。

「行動同じじゃないですか」
「あれ何してんの? 笑い堪えてんの?」

部内でも群を抜く鈍感さを誇る浜野にはツンデレの思考回路が理解できないので、
二人の行動は見た通りのまま「震えている」ようにしか見えていない。
が、それなりに俗っぽい思考を抱く速水にはこの光景が違って見えている。

「多分、靴紐を結んであげたいんですよ。でも、近づくきっかけがないんです」
「バカじゃね? それなら俺が代わりに――」
「だーめーでーすー!! 死にますってば!!」

走り出そうとした浜野の腕を掴み、速水はぶんぶん首を振る。
浜野以上に視野が広い速水にはツンデレの行動理念が理解できているので、
横取りされた場合二人がかりで理不尽な怒りをぶつけられるのが見えていたからだ。
倉間単体ならともかく、化身持ちの剣城に攻撃された場合は確実に死ぬ。

「ひとまずそっとしておいてください、そのうちどっちかが動きますから」
「両方動いたらどーなんの」
「動いたのが両方でも片方だけでも口喧嘩を始めます」
「バカじゃね?」

オブラートに包むことを知らない浜野の言葉はいつだって棘がむき出しだ。

「とりあえず、動きたくても動けない、動いたら動いたで言い訳がましい、
 その割に他人に取られたら悔しいから突っかかってくる。
 そこまで行動パターンが被ってるうえにポジションも一緒なんですよあの二人」
「全然違うのって身長だけ――うわっ」

身長の話をした瞬間に倉間が振り返った。その単語だけは聞こえていたらしい。

「おい! 今俺見て身長がどうとか言いやがったな!!」
「なんでそこだけ聞こえてんの!?」
「ななな何も言ってないですよ――あっ」

二年生がぎゃあぎゃあと騒ぎだした瞬間、空気が変わった。
覚悟を決めた剣城がすうっと息を吐き、天馬に向かって歩き出したのだ。

「! しまった!!」

そこだけ抜き出せば試合中かバトル漫画のような台詞を吐いて倉間も駆けだす。
しかし先に踏みだされた一歩の差は大きかった。
ただでさえ倉間と剣城とでは足の長さが違うのだ。
埋めようのない差に、速水と浜野が戦いの結末を確信したその時だった。

「もう天馬ってば、相変わらず靴紐も結べないの?」
「あ、葵っ……」
「ほら、じっとしてて? 結んであげるから」

天馬の前には女子マネージャー・空野葵がしゃがみこんでいる。
そして女の子らしい細くてしなやかな指先で、スパイクの紐をするすると結んでいった。
倉間も、剣城も、ぴくりとも動けなくなってその場に固まる。
善意の第三者に先を越された場合、動けなくなるのも二人一緒だった。

「はい、できた。一人で結べるようにならないとダメだよ?」
「うん……ありがと、葵!」

葵はくすくす微笑んで、天馬はへらりと笑う。そこは完全に二人だけの世界だった。
ひらひら手を振って離れていく二人を見届けながら、速水は口を開いた。

「逃げましょう」
「え? なんで? 今ので解決したんじゃねーの?」
「今からもっと酷い事になります。二人とも同じ行動に出るので」
「へ?」

浜野の襟首を引っ掴んで、速水は足早にその場を離れていく。
状況を理解できていない浜野が天馬に視線をやった瞬間のことだった。
爆音と同時に噴煙が巻きあがり、辺り一帯を覆う。

「うわあああああっ!? な、何? 何事? あれ、ランスロット? え?」

煙が晴れるか晴れないかのうちに天馬の悲鳴が上がる。
浜野の表情は凍った。速水は背中を向けたままひたすらに逃げている。
何せ煙の隙間から、鬼神のような表情のフォワード二人が立ちつくしていたからだ。

「……天馬」
「へ? 倉間先輩急に何、うわあああやめてランスロットやめて! 怖い痛い!!」
「うるさい死ね!! お前は一回死ね!!」

がすがすと打撃音が聞こえてくるのを、速水は聞き流している。

「女の子には攻撃できないでしょうから、絶対こうなると思ったんですよ。
 更に二人とも行動パターンは一緒なんで、まあ二人がかりだろうなって」
「天馬死ぬ! 天馬死ぬって!!」
「大丈夫です、ここまで騒ぎが大きくなれば彼が来ます!!」
「天馬に何してるんだお前らはあああああああああ!!!」

言うが早いか、紫苑の波動を纏ったボールが煙を散らすように着弾する。
誰が、と言うまでもない誰かが剣城たちめがけてシュートを放ったらしい。
爆音と衝撃波を背後に、速水は真剣な表情で語った。

「このままだと二人がかりでツンデレるシーンが盛りだくさんになっちゃうんですよ。
 面倒なんで、俺としてはどっちかが素直クールに転向すればいいと思うんですが」

片や長身の黒髪色白、片や低身長な銀髪褐色。
見た目は正反対だが中身はだいたい一緒のフォワード二人がどうなろうと、
正直なところ浜野には知ったことではない。

(ツンデレとか素直クールとか、真顔で言ってる速水が気持ち悪い)

空気が読めていない浜野には、そちらの方が余程重要だった。



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