「そんな……キャプテンや倉間さんにもできないなんて」

あの時は思わず流してしまったが、今思えばあれは相当な問題発言ではないか。
神童は夜寝る前になってそんなことを思い返した。
ベッドに埋もれて、いつも通りふかふかの布団の中で「本日の天馬」を思い返す中、
ふと記憶の中に蘇ったのがその発言だった。

「キャプテンや、倉間さん」

自分でも復唱してみる。

「……倉間さん」

復唱する。

「倉間さん!?」

最後は絶叫になったが、日常的にピアノを弾く神童の部屋は防音に優れた設計なので、
いくら深夜に騒ごうが叫ぼうが誰一人として異変に気づくことはない。
金持ちの道楽用に設計されている寝室は時として防犯性を犠牲にしていた。

「俺、名前で呼ばれたこと、ないよな? っていうか、天馬は基本先輩呼びだよな?」

思わず体を起こし、枕を揺さぶりながら何も居ない空間に向けて問う。
ツッコミを入れる人間もフォローを入れる人間も居ないため、半泣きだった。

「なんでさん付け、俺も、俺だって呼ばれたこと、ないのに……」

暗闇の中、シーツを握り締める手のひらにぱたぱたと涙の滴が零れ落ちる。
トルマリンのような神童の目からは、いつの間にやらかすかな光すら抜け落ちていた。



「……で、それか」

蘭丸は天馬たちを電源の落ちた液晶ディスプレイのような目で見つめている。
天馬の背後に立つのは半泣きの神童だった。

「はい、何かもう良く解んないんですけど、朝からこんな感じで」
「天馬はっ、天馬は俺じゃないと駄目なんだよな。天馬は俺と」
「あああああもういつの発言引っ張り出してるんですかあああああ!」

しがみついたままの神童を必死に振り払おうとしながら天馬が身悶える。

「離れない! 天馬が俺を神童さんって言うまで絶対に離れない!!」
「何がどうなってその思考に至ったんですか!? ちょ、誰か、助けてくださいいい!」

犠牲になるのが天馬の胃の場合誰も止めないのが現在の雷門イレブンの団結力なので、
多少の悲鳴は全員で聞こえないふりをする。
神童が泣こうが天馬が暴れようが、自分に迷惑がかからないなら見て見ないふりをする。
それが先日天河原戦を終えて以降の全員の身の振り方だった。

「よくわかんないですけど、神童さんって言えばいいんですよね?
 今言いましたから離れてくださいキャプテン!」
「それじゃ駄目なんだ、永久――いやいずれは拓人さんになって欲しいから半永久的に」
「お前らそれ以上口開くなあああああああああああ!!」

通りすがりの剣城らしき声とデスソードのような轟音が聞こえた気がするが、
背後で起きている騒ぎなので蘭丸は決して振り返ろうとはしなかった。

「よし、アルティメットサンダーの練習再開すっか。浜野ー」

完全に無視をして、残りの二年生と天城が小さく頷いた。



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