※天馬くんが女の子



「……何やってんだお前ら」

剣城が驚愕した一番の理由は荒れた室内でも何でもなく、葵が天馬を押し倒していたことだった。
幼なじみらしい二人がサッカー部外でも仲良しであることは周知の事実だったが、
まさか百合の花が咲き乱れる関係だったとまでは知らされていない。
がつんと後頭部が殴られたかのような衝撃を受けながらも、剣城はその場に立ち尽くしていた。
目は離さなかった。組み敷かれた天馬は服が乱れて、色々な場所が露わになっていたからだ。
脇腹や太ももをガン見されていることに二人は気付いていないらしく、
天馬はまず真っ先に葵を引き剥がそうと手を伸ばした。

「あ、葵! 剣城が何か変な勘違いしてるから、離れてよ!」
「そうだね、剣城に勘違いされたら困るもんね」
「葵!!」

けろりとしている葵と裏腹に、天馬は赤面しながら絶叫している。

「でも駄目。採寸してから」

剣城を置き去りにしたまま、葵がメジャーを片手ににっこりと笑う。
そして手早く腹周りに通していき、きゅっと巻き付ける。

「だから何で部室で、やーっ!?」
「んー、ウエスト丈はー」
「読み上げちゃ駄目読み上げちゃ駄目読み上げちゃ駄目えええ!!!」

何だこれ、罠か。もしくは据え膳か。
固まる剣城に差し出される答えはなく、ただただ目の前の白百合の花を眺めるだけだ。
それからしばらく時間が流れ、半泣きの天馬ができあがり、葵が何かを書き終えたところで、
二人はようやく剣城の相手をする準備ができたらしい。
片方はくすくす笑いながら、片方は捨てられた子犬のように震えながら剣城に向き直る。

「大丈夫大丈夫、天馬も私もそういうのじゃないから。ただ採寸してただけだよ」

まず最初に口を開いたのは葵で、平然とした態度のままそう言い放った。
天馬が葵の横でむっと眉をしかめる。

「部室でする必要はなかったけどね」
「だって今日忙しいから、部活中にしかやる暇なかったんだもん」
「……だからって」

何か言いたげな目を剣城に向けてから、天馬は溜め息をついた。

「いいじゃん、誤解だってちゃんと説明したでしょ」
「そういう事じゃなくて」
「もっと解りやすく言わないと駄目? 天馬はファーストキスもまだな処女なんですって」
「葵いいい!?」

よろけた剣城は今度こそ本当に後頭部に衝撃を受けた。壁に激突したのだ。
天馬は茹で蛸のようになりながら葵の肩をがっくんがっくん揺さぶっている。

「何言って、あ、あああっ、葵ーっ」
「私、天馬のためを思って剣城に説明してあげてるんだけど」
「意味解んない! 意味解んないから!!」
「え? 剣城にとっては最重要項目でしょ?」

(聞くな!)と心の中でだけ絶叫した。まだ脳が正常に作動していないので、口には出ない。
ただ、癪に障るので葵のことはぎろりと睨み付けてやった。悔しいが本当に最重要だった。

「つ……剣城がそんなこと、気にする必要ないじゃん」
「あ、当たり前だろ。別にお前がどうとか、関係ねーし、すぐ忘れる」

天馬が本気で泣き出しそうなのでそう言ってやったのだが、
それはそれで傷付いた顔をするので剣城はリアクションの不条理さに頭を抱えた。

(なんだよ、気にして欲しいのかよ)

ファーストキスだとか処女だとかを意識して欲しいってことは、そういうことでいいのか。
直接問いただすようなことはできないようなちょっとした期待を抱き始めたころに、
葵がはぁと溜め息をついて肩をがっくりと落とす。

「私は気にして貰わないと困るのよ」
「え?」
「音無先生も霧野先輩も浜野先輩も山菜先輩もみんなキャプテンに賭けてるからさぁ。
 剣城が頑張ってくれないと私と信助のお小遣い吹っ飛んじゃうのよね」
「は……?」

天馬は意味を理解していないが、剣城にはよく解った。
それと同時に、部室で採寸していたことも、今先ほど落とされた爆弾発言も、
すべてはくだらない賭けのオッズ操作のためにわざとやったことなのだと悟る。

「私が男だったら、剣城にもキャプテンにも賭けずにかっさらうんだけどなー」

残念、と付け足してけらけら笑う葵に対して、剣城は怒りに全身を震わせている。

「……っ、と、友達は選べこの馬鹿!!」

叫ぶ剣城に対して、天馬は「友達が居ない剣城に言われても説得力がない」と思った。



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