※天馬くんが女の子



「動いちゃダメだからね」

そう言いながら山菜先輩が俺の唇にリップをあてて、ぐっとラインを引いていく。
貸してくれたら自分で引くのに、なぜかそうさせてはくれなかった。
だから俺はなすがまま、似合いもしないピンク色のリップが塗られていくのを待つだけだ。

「これでよし」

ふふんと満足げに、眠たげな目をしたまま先輩が笑う。
違和感に負けて唇に指で触れようとしたら、駄目って言って拒まれた。

「天馬ちゃん、なかなか女の子らしいことしてくれないんだもの。だからリップ拭うの禁止」
「え」
「シン様もきっと喜ぶし」

そこで俺は固まった。
シン様。神童拓人先輩。キャプテン。(信じられないけど)俺の恋人。
でもきっと、見つめていた時間は山菜先輩の方が長かった。
山菜先輩の方が俺よりも前にキャプテンを好きだった。
それを思って何も言えなくなっていたら、ほっぺをつんとつつかれた。

「私ね、お姫様より、魔法使いさんになりたかったの」

それから頬に触れたままの指先が、小さなハートマークを描く。
先輩は笑う。花のように優しく、ふわふわした、幸せそうな顔で笑う。

「十二時を過ぎても解けない魔法をかけました。だから、帰ってこなくても大丈夫だよ」

言ってる意味が解らない。でも、解らないなりになんだか凄く恥ずかしい。
要するにそれって、キャプテンといちゃいちゃしてればいいってことなんじゃないのかな。
自分の解釈に恥ずかしくなって、距離を置こうと後ずさる。
そうしたら背中に何かがぶつかって、ぼすっとその何かに埋もれてしまった。
何かが俺に腕を回す。左側、視界の端にキャプテンマークが見えて、俺の心臓は握り潰された。

「……さ、さっきから近過ぎないか、お前たち」
「女の子同士はノーカウントでいいんですよ」

耳元でする低い声も、この腕があの人のものだって証明していて、何も言えなくなる。

「あ、あのその、キャプテン」

言った瞬間に回された腕も山菜先輩からの視線も強くきつくなった。

「神童先輩、でしょ。練習したのに」
「……もう一言あってもいい」
「じゃあ、神童さん。拓人さん、でもいいかな」
「それがいい」

うわあああこのひと今俺を抱き締めながらすりすりってした。やめて下さい恥ずかしい。
頭の中ではそう突っ込めるけど、現実の俺は何もできなくて、
声にならない悲鳴をあげながらキャプテンの頬の感触にびくびくするだけだった。

「天馬」
「い、言ったら魔法、解けますか」

山菜先輩はにっこり笑っている。

「王子様のキスで解けます」

それは魔法じゃなくて呪いって言うんですよ先輩。



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