※ゲーム時間軸です。ライメイ→スパノバ√。



「ボクにとって天馬の存在がどういうものかなんて、言葉じゃ伝えきれないんだけど」

ストローから唇を離し、紙パックのジュースを止めた後輩がぽつりぽつりと語り始める。
足をぷらぷらと動かす仕草は幼い駄々っ子がするようなそれなのに、
伏せられた翡翠色の瞳にきらめく儚げな輝きが年頃の少女の心を狂わすのだろう。
後輩が見せるアンニュイな顔を横目に、佐田は頬を伝う汗をスポーツタオルでぐいと拭った。

「敢えて言うなら、光みたいなものだったと思うんだ」
「光?」

大して興味を引くような話でもないと思っていたのだが、その言葉が琴線に触れた。
名前の通りに人に輝きを振りまく彼が、誰かを「光」と称するのが不思議だったのだ。
後輩の視線は遠い空に投げられている。その先を追っても、抜けるような青空が広がるばかりだ。

「今年の春先――ボクがまだ入院してて、中継のテレビしかサッカーに関われなかったとき。
 そのときに、ちょうど雷門と帝国学園の試合がやってて……」
「ああ、あの試合か」

ホーリーロード関東地区・準々決勝で執り行われた雷門中学と帝国学園の試合は、
他校の試合であるというにも関わらず鮮烈な印象を残していた。
一年生三人が得点に絡んでいたことが一番の要因だろう。
同じ一年生のスタメン、それもフォワードの選手を抱えている新雲学園にとって、
化身や己の必殺技でゴールをこじ開ける剣城京介たちの姿はとても印象的だったのだ。

「……中継を見てただけなのに、凄く楽しかった。
 同じ一年生がピッチに立ってる! っていうのもそうなんだけど、
 あの時の天馬は自由にサッカーをしてたって言うか。本当に楽しそうにサッカーをしてたから」

言葉を切り、後輩は残りのジュースを飲み干した。
紙パックを潰しながら最後の一口を飲み切り、ベンチ脇の屑籠に向けて放り投げる。
何でも器用な彼らしく、それはきれいな放物線を描いて籠の中へと落ちていった。

「フィフスセクターも革命も、どうでもよかった。
 あの試合を見て、ボクも天馬とサッカーがしたいって思った。
 壁とか天井とかが壊れて、凄い眩しい光に晒された気分だった。
 松風天馬と本気でサッカーができるなら、それで死んじゃってもいいって思うくらいに」

立ち上がった後輩は、空に輝く太陽に手を伸ばす。
佐田も同じように空を見上げてみたが、ただ眩しくて目をやられそうになるばかりだった。

「今はもう、『この試合終わったら死んでもいい』なんて絶対思わないけど」

へへ、と乾いた笑い声が聞こえた。
背中越しに見える後輩の顔は見えないが、どうせ情けない顔をしているのだと思った。

「……出発は、明日だったか?」
「はい」

帝国学園総帥・鬼道有人が新雲学園の扉を叩いたのは、二日前のことだった。
鬼道としては何卒内密に――と伝えていたようだが、
根が素直である後輩と嘘を嫌う顧問は包み隠さずに課せられた使命を暴露してくれた。
曰く、我らがキャプテンである天才サッカープレーヤー様が、
「宇宙で開催される地球の命運を駆けたサッカー大会のバックアップメンバー」に選ばれたのだと。

「しかし、その『松風天馬』は毎回毎回妙な試合に駆り出されるな。
 ホーリーロードにしたって宇宙サッカー大会にしたって、いちいちトンデモな試合じゃないか」
「あははっ、天馬って意外と運ないのかも。だったらちょうどいいかな。
 ボクは結構悪運強い方だから、二人で揃えばきっとバランスも良くなるさ」
「二人っきりでサッカーする訳じゃないだろ。お前はバックアップメンバーだぞ」
「そ、それはそうだけど……うう」

後輩は完全に浮かれきっているようだった。
「光」と称する彼と肩を並べてサッカーに興じれることが本当に嬉しいのだろう。
今度の舞台は宇宙だというのに、その奇天烈さを忘れているように声色が軽く弾んでいる。

「ボクの手でどれだけの支えになるかは解らないけど、
 受けた光を少しでも返せるのは嬉しいかなって思うんだ。
 真正面からぶつかり合うだけじゃなくても、光は届けられるって知ってるから」

後輩は、いっそ憎いぐらいに整った顔を凛と澄ましながら佐田に向き直る。
彼は後ろを支えてくれる仲間がくれる暖かさと光の存在を誰よりも熱く深く知っている。
化身ドローイングで注がれる皆の想いを受け止めて、あの準決勝を戦ったのだから。

「暫く留守にしちゃいますけど、よろしくお願いしますね」
「急に殊勝になんなよ気持ち悪い。大体、お前の留守には慣れてるよ」
「あー、完治したんだから当時のネタ持ち出さなくてもいいだろ! なんだよー!」

ぎゃあぎゃあと響く抗議の声を聞き流しながら、佐田はタオルをベンチに放った。
それからすうっと息を吸って、同じように練習の体制に戻ろうとする後輩の背中に向けて叫ぶ。

「頑張れよ、太陽!」

振り返った後輩は、擽ったげな顔をしていた。

「急にそういうこと言うの気持ち悪っ! 言われなくてもボク頑張ってるけど?」
「お前本当に可愛くないな!?」
「うん、可愛いかカッコいいならカッコいい路線希望かなぁ」
「おい、そろそろぶっ飛ばすぞ」



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