コンビニで買った唐揚げ串を頬張りながら、ぼんやりと帰路を歩いていた時のことだった。
通りがかった河川敷で見慣れたジャージ姿のガキが走り回っているのを目の端に認める。
さらにそのガキが、つい最近からうちの部を引っ掻き回している張本人であることも。
「松風……か」
松風天馬。まるで風のように現れた、新入部員の一年生。
正直なところ覚えはよくない。
何せ松風一派のせいで、俺の内申はかなり犠牲になっているのだ。
あまり相手をしたくもないから、小走りで横を通り抜けようとした時だった。
「わあっ」
悲鳴と同時にずざっと土を擦るような音。そして俺の足元へと転がってくるボール。
暴投にも程があるだろうこれは。
わざとやってんじゃねえだろうなと俺が疑いたくなるのも無理はない話だろ?
ところがこれもわざとじゃないらしい。
「ご、ごめんなさい! そのボール、こっちに投げ――あれ」
みなみさわ、せんぱい?
どことなく甘ったるい声で俺をそう呼ぶ表情が、完全に呆けていたからだ。
こうなると無視して通り過ぎる訳にもいかないので、致し方なく俺はボールを蹴る。
放物線を描いたサッカーボールはそのまま松風の胸元へと向かい、落下した。
「あの、ありがとうございます!」
ふわりと笑って、松風はまた河川敷グラウンドを駆け回る――ん、ちょっと待て。駆け回る?
「お前、いつまで練習してる気なんだよ」
「え? いつまでって――うわあ! もうこんな時間!?」
そこで初めて時計を見たらしい。
松風は今が補導される寸前の時間帯であることをようやく自覚したのか、
慌てて四方八方に散らばったコーンを片付け始めた。
が、どうにも手際が悪い。慌てているのもあるんだろうが、一番の理由は疲労だろうな。
……全く、どうしてコイツが絡むと俺はこう間が悪くなるのかね。
「先輩?」
松風は丸い目を見開いて、土手を降りる俺の姿を見上げている。
「何だよ、俺が送ってやるって言ったらおかしいのか?」
「え」
「とっとと片付けろ」
今度こそ無視して帰るって選択肢も俺にはあったんだ。選べなかったが。
言いようのないもやもやを抱えながら、俺は転がるコーンを広い上げる。
「あっ、あの! ありがとうございます!」
なんて言って松風は目を輝かせてるけど、それに対して俺は何も思いはしなかった。
ああ、断じて何もなかったさ。
帰り道、頑なに断り続ける松風無視してコンビニでフライドチキンを買ってやったぐらいだよ。
何で俺は自分が食ってた唐揚げ棒より10円前後上等な物をおごっちまったんだろうな。
そう、その日は本当に平和に終わったんだ。問題は翌日の部室だ。
「南沢先輩、あの、昨日はありがとうございました!」
松風はいつも通りの何も考えてなさそうな笑顔で俺に頭を下げてくる。
速水やら浜野やらが好奇の視線を向けてくるのを手で払って散らしてから、
俺は気にすんなと松風に言ってやった。気にされたら困るからだ。
「……昨日?」
ついさっきから絶対零度の視線が二カ所からぶっ刺さっている。
方角と相手は見て確認するまでもない。あの二人以外の可能性があるか。
だから気にされたくなかったし本当は無視をしたかったんだよ。
……何でかって、神童と剣城に視線で殺されるからに決まってる!
目に光がないやつと極端に目つきと人相が悪いやつに睨まれてみろ。早退したくなるから。
というか今まさに俺が腹痛と頭痛で帰りたい。
「今度何か、お礼しますね」
「あー、はいはい」
俺は今にもお礼参りされそうだよ。
松風のことは厄介にしか思っちゃいないし、今の状況も面倒くさいことこの上ないけど、
言ってどうにかなる物じゃないから、そんな事はこいつに言わなかった。
ま、笑顔を向けられる分には俺だって悪い気はしないからな。