※素敵企画『新たな風を背に』様提出物
※お題配布元は『Fortune Fate』様
※本編9話ネタ



「あれを何とかしてくれ」

グラウンドのど真ん中で堂々と殺気を放つ神童を横目に、南沢が爆弾を放り投げた。
不法投棄されてしまった蘭丸がぶんぶん首を横に振る。

「何で俺に振るんですか」
「お前の幼なじみだろ」

貴方の後輩でもありますよね、とは言い返さなかった。
現雷門サッカー部がフィフスセクターの指示通りに動くことしかしないとはいえ、
もとが体育会系の部活である以上、根本的に先輩には逆らえないのだ。

「えええええ……」

代わりに悲鳴を上げながら、よろよろとグラウンド中央の神童へ歩み寄る。
ふと遠目に見た倉間たちは、蘭丸ごと殺意の渦を見なかったことにしていた。

(後で一人ずつ殴る。もしくは踏む)

胸の奥でそう呟き、蘭丸はいよいよ神童の傍に立った。

「し、神童……っ!?」

ゆらりと振り返った神童の目が濁っていたので蘭丸は思わず竦み上がったが、
そもそも彼の目に光が入ったのを見たのは人生で一度きりだったような気がした。

「何だ、霧野か……」
「何だじゃないだろ。お前がど真ん中で鬱々しい顔してるから練習できないんだよ」
「悪い。そんなつもりじゃなかったんだが……」

そこで初めて、蘭丸は神童の殺意の矛先がどこに向かっていたのかを理解した。
濁りきったセピアの目線が追うのは、先代キャプテンにしてゴールキーパーの――

「ちょっと待て!」

蘭丸は慌てて神童の肩をガクガクと揺らした。それでも視線は一点に結ばれたまま揺るがない。
ただただ濃縮された殺意を眼力に込めて、全身全霊で見据えている。

「何で! 何で三国さんにそんな殺気送ってるんだお前は!」
「……三国さんが。三国さんが、天馬を家に上げたって言ったから」
「は?」
「天馬は俺じゃないと駄目だって言ったのに」

これはあれだろうか、ここまで高められた殺意は新入りが三国の家に行ったことで、
それに対して神童が意味不明なまでに嫉妬しているということだろうか。
恐ろしい想像に、蘭丸は眩暈を覚えた。
前提として神童が天馬に惚れているという条件が付いているが、それは火を見るより明らかだ。

「いたっ!?」

背中の方から火中の新入りの悲鳴が聞こえたので、蘭丸たちは思わず振り返る。
見れば腹を抑えてうずくまる天馬と地面に転がるボール、そして肩で息をする剣城。

「お前、は、一度ならず二度までも……!」
「つ、剣城? 何いきなり怒って、ってうわあああっ」
「うるせえ! 誰彼構わず家に上がってんじゃねえよ尻軽!」
「意味解んない! 解んないってば!!」

半狂乱で始まった追いかけっこを、蘭丸は死んだ魚の目で見据えた。
その心中は(意外と古風だ)やら(男が男の家に上がることに何の問題があるんだ)やら、
(なんだお前も神童の仲間か)やら複雑でかつ悲観的な思いに埋め尽くされている。

「…………」

そういえば神童が急に無言になった。気付いた蘭丸が横を見たときにはもう遅かった。

「フォルテシモ!!」

轟音クラスの波動を纏ったボールが蘭丸の目の前で放たれる。
光の矢のように突き進んだそれはやがて剣城の背中に着弾。そして土煙が舞う。
――いや、その技そういうのじゃないだろ。
蘭丸が突っ込む隙はなかった。それよりも早く、神童が天馬のもとへ駆けていたからだ。

「天馬!」
「キャプテン、剣城が! 剣城が動かないんですけど!」
「怪我はないか?」
「剣城が怪我しました!」

天然と天然の漫才に代理で突っ込みを入れる余裕は今の蘭丸にはない。
蘭丸はもう何も見なかったことにして、三国のもとにひた走った。
嫌な巻き込まれ方をした火中の人・三国は、濁った目で遙か彼方を見つめていた。

「三国さん」
「いや……まさか後輩に飯食わせただけでこんな騒ぎになるなんて普通思わないだろ……」
「そんな未来思い付く方が嫌ですよ」

もしシラフでそんなことを思う奴が居るとすれば、確実にどこかの気がふれている。

「最悪の四角関係……」

一歩引いたところで速水がそんなことを呟いた。恐ろしい発言だが的は射ていた。
四角というよりはダイヤ型(何せ神童と剣城の思考と距離感がおかしい)の愛憎劇の真ん中で、
蘭丸は一人絶望的な気分になりながら頭を抱えている。

「三国さん、三国さんは正常ですよね」
「当たり前だろ。あとはまぁ、あいつにその気はないと思うぞ。話してみたが普通の奴だったし」
「その気があったら嫌です」

そこは即答した。今のところ、蘭丸の中での天馬は被害者だったからだ。
一番の被害者は三国だとして、次に可哀想なのは天馬に間違いない。
本人は気にしていないというか、気付いていないようではあったが。

――ふと、混濁寸前な蘭丸の視線が天馬のそれに重なった。
天馬はいつも通りの何も考えていない笑顔を浮かべて、小さく頭を下げる。
その瞬間に、双方向からの濃厚な殺気が蘭丸を貫いた。
片方は、活動を再開した剣城からの。もう片方は、天馬に寄り添う神童からの。
今にも化身が飛び出しそうなほどに凝縮された殺意の塊が、四つの目玉から押し寄せている。

(怖い! 神童も剣城も怖い! この一瞬のどこに嫉妬する要素があったんだよ!)

抗議の声は言葉にならなかったため、三国の方へと顔を背けることでやり過ごす。
三国の意識は相変わらず遠く、死んでから三日は波打ち際で放置された魚の目になっていた。
もうどうしようもないのかもしれない。
愛憎渦巻くダイヤモンドの真ん中で針の筵にされた蘭丸には、
天馬や三国へと告げるための慰めなど、ひとかけらも思いつきそうにはなかった。



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