※本編9話ネタ



「俺はフィフスセクターの指示には従わない。この試合、勝ちに行く!」

本気だと、そう念を押して叫ばれたその言葉に、三国は目を見開いていた。
本来ならば指示通りゴールポストへと吸い込まれるはずだったボールを止めた神童の姿は、
この場にいる誰しもが「有り得ないもの」として認めている。

「キャプテン!」

――松風天馬と西園信助の二人だけは目を輝かせて、共に敵陣へと駆け出していたが。
前線へと躍り出る三人を追って天河原がひた走る。

「本気か? フィフスセクターに逆らえば未来はないぞ」
「未来は……自分の力で切り開くさ!」

駆け上がる神童の目はただ一点だけを見つめている。

「全力を尽くせばきっと道は開ける。そう思えるようになった……」

澄んだ眼差しが追い掛けるのは、前を走る後輩の――後輩?
何かの違和感を感じる者も居たが、それは実感を伴うより早く形を見せた。

「嫁のお陰で」

神童が堂々とそう言い放ったからだ。


「……ちょ、ちょっと待て! タイム! 審判、タイムだ!」

遠く離れたペナルティエリアから三国が叫ぶ。

「どうして止めるんですか三国さん! 今からが勝負なのに!」
「お前がどうかしてるから止めたんだよ!」

代理で近場の倉間が騒ぐ。なお、天河原中学サッカー部員はほぼ全員が呆然としていた。
「今なんて言った」と聞くとあまり聞きたくないことを自信満々に言いだしそうだが、
このまま聞かない訳にもいかないため、倉間は致し方なく声を荒げた。

「何勝手なことしてんだよ。俺たちの将来はどうなるんだ!」
「頑張れ。俺は一足早く幸せを手にしたから」

やたらいい笑顔で返された。「いやいやいやいや」と全力で割り込むが聞く耳はないらしい。
神童は熱に浮かされた目をしながら、陶酔しきった声で言う。

「俺もさっきまでは迷ってたんだ。これは我が儘なのも解っている。
 ただ……そう、そこの金髪が、さっき俺の天馬に酷い真似をしたから。
 その報いは受けさせないといけないと思ったんだ」

今このひと「俺の」天馬って言った。
遥か後ろで聞いているだけの車田や蘭丸の目までがオートで濁っていく。
神童の目には光がない。それがより一層言葉の響きを重くする。
間近で聞いている者ほど、その目の濁りは加速していった。
また、金髪、のところで睨まれた西野空は咄嗟に倉間の後ろに引いている。
倉間も思わず二人の間に割って入るように立ちふさがってしまった。
まがりなりにも彼は先ほど天馬の足を蹴りつけた敵だったし、寧ろ味方は神童の方なのだが。

「アンタらのキャプテン、ちょっとヤバいんじゃないの」

否定したいが材料がなかった。今まさに、自分もまた神童を危ないと思っている。
これは自由にサッカーができないこととどちらが辛いのだろう。

「…………」

縋っていいのか怒っていいのか迷いながら、隼総が剣城に目線を送る。
そして送った直後に後悔した。

「誰が、誰のだ」

見なくても解るほどに剣城は怒り狂っていた。化身が出てないのが救いかもしれない。
剣城の気にしているところは皆が気にしているところに相違ないのだが、怒り方が違う。

「ふざけるな! 松風は俺の「ああああああ!! うわあああああ!!!」」

聞きたくない言葉ばかりが飛び交いそうで、まともな精神を残していた面々が耳を塞ぐ。
今は内申より何より心の安寧が一番の課題だった。何も見たくないし何も聞きたくない。
いっそ帰りたいとまで思っている者も居る。全員、ホモの喧嘩になど巻き込まれたくないのだ。

「みんな何騒いでるのかな」
「キャプテンが言ってること、俺にもよくわかんないけど。
 とにかく『神のタクト』として本気でサッカーしてくれるってことだよね!」
「うん!」
「違うんじゃね」

浜野が一刀両断している中で、天馬と信助以外の目は少しずつ死んでいった。
話についていけないらしい一年生が無邪気な笑顔を浮かべてはしゃいでいる以上、
「俺の」発言は神童と剣城の妄想による供述であるのに間違いないだろう。
それは今にも空中分解してしまいそうな雷門中学サッカー部全体の救いだった。



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