「ねえ染岡くん、何かしてほしいことはある?」

アメリカ戦で久しぶりに再会してから、吹雪はそんなことばかりを言っている。
最初は浮かれてるんだろうと思っていた。実際俺だって浮かれていた。
他愛ないお願いもした。歯止めのきかないような無茶振りもした。
吹雪は断らなかった。それは純粋に、久しぶりに会えたのが嬉しいんだと思っていた。
きっとそのまま気付かないでいれたら、我が儘を貫けたら、俺は幸せだった。

「今日は、何してほしい?」

相変わらず吹雪はへらへらと笑いながらすり寄ってくる。照れもしない。恥じらいもしない。
何、なんて。
面と向かって何かを強請るのは苦手だった。素直にお願いをするのも駄目だ。
生憎、俺はそんな柄ではなかった。これは生まれた時からの性分で、今更変わる余地もない。
だから、わざとふてくされたフリをして、そっけなく言うしかなかったんだ。

「お前はどうなんだよ」
「え?」
「お前は! ……だから、その」

俺に、何かしてほしいこととか、ないのかよ。
最後の方はほとんど息だった。音にはなっていなかった。
吹雪はあの丸っこい目をさらに丸くしている。ああ、笑いたければ笑えよ!
それでもこれは本心だ。俺は吹雪に何かを強請られたかった。
我が儘でも無茶でも良かった。どんなことでも叶えてやりたい、そう思っていた。
吹雪はやがてふわりと柔らかな笑みを浮かべて、俺を見つめて、言った。

「なんにもないよ」

それは心からの笑顔だった。

「ありがとう」

だけど、この笑顔は。

俺は悟ってしまった。
吹雪は俺に何も望んじゃいない。何かを願ってはいない。
期待も希望も願望もない。未来へのことなんて、何もないのだ。
俺が恋人として好きなのは本当だろう。それだけは自惚れでもなんでもない。
でも。

「染岡くんの隣に居られるだけで、幸せだから」

それだけで生きていける。
そう言うように笑うこいつは、きっと最後まで俺を見てはくれない。
こいつが見てるのは。

笑顔の意味も視線の先も、知らないままでいれたらきっと幸せだった。



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