「お前が好きだ。だから付き合いたくはない」
訳が解らない。
言われた台詞を咀嚼することができず、フィディオは真顔で硬直していた。
可愛い子に声をかけて、冷たい態度が返ってきたことは何度もある。
だがこのパターンは初めてだ。前後の文が全く噛み合っていない。
「え、今のって言い間違いだろ?」
「いや。かなり本気で考えた結果だ」
自分以上に真顔のマークが冷静にそう言い返す。
「お前が好きだが付き合おうとは思わない。男同士なのを差し引いても無理だと思う」
マークは基本的にあまり表情がない。
なので、回答が冷たい場合は必要以上に言葉のナイフの切れ味が上がる。
(いっそギャグにしてくれよ)
拒絶が全身全霊をもって行われたため、フィディオは心からそう思った。
半笑いで無理だと言われて、ちょっと気まずくなって解散。
そして次会った時はまたお友達として仲良く、なんて夢を見ていた。
だが、そうできない程度にマークは本気でフィディオが好きだった。
「オレの何がダメなんだよ」
「……俺はお前が好きだから、お前が居ればいい。けど、お前はそうじゃないだろ。
俺にはそれが耐えられないから、付き合って側にいてもお互い辛いだけだと思う」
「それって……」
要するに信用できないって事か。フィディオはその結論に至って、笑みをひきつらせた。
そして推測は当たっている。
フィディオが根本的に駄目な男なので、マークは自分の思いに歯止めをかけていた。
(色事にまで真面目になるなよ)
フィディオは絶望的に不真面目なので、そんな事を考えている。
「あーあ、じゃあ残念だけど、オレ振られちゃったんだね」
わざと傷付いたような笑みを浮かべてみたが、マークは無反応だった。
その笑顔がわざと作られたものであることを悟っているからだ。
これじゃダメか、と心の中でだけ決着を付けて、フィディオがにこやかに笑う。
笑って、押し倒す。
「だったらさ。振られてあげるから、一回だけやらせてよ」
下敷きにされたマークは目を見開いてフィディオを見上げる。
手玉に取った気分になって、少しだけ気分が良くなった。が。
「本当に、してくれるのか」
「はぁ?」と気の抜けた声を上げてしまう。
マークは頬を赤らめてフィディオを見つめていた。耳すらも赤い。
「だ、だから言っただろ。お前のことはちゃんと好きなんだ。
たとえ一回だけでも、触れ合えるのは嬉しいと思う」
フィディオは震えていた。頭も痛いような気がする。
(それもう付き合っていいくらいにはオレのこと好きじゃん。なんでダメなんだよ)
甲斐性がないからだ。
「フィディオ」と、マークの手が伸びてきて、両頬に添えるようにして触れる。
「その……勝手が解らないんだが、俺は具体的に何をしていればいいんだ?」
こちらの葛藤を露ほども気付いていないので、問う口振りはいつもと同じで堅く真面目だ。
くらくらするような目眩を感じながら、フィディオは言った。
「とりあえず目を閉じて、キスしようか」
非常時でもこの気障な対応ができるからこそ信用されないことに、
フィディオはまだ――いや、恐らく一生気付いていない。
手慣れた素振りにマークが傷付いていることにも、ずっと。