※ヒートの技構成があまりにイプシロンだったので妄想した。今は反省している
※雰囲気ヒバンヒでメトヒでガゼバン



厚石茂人。宇宙人ネームはヒート。マスターランク『プロミネンス』のMF。
だけど僕は覚えてる。ずっとずっと忘れない。彼が纏っていた、赤と黒のユニフォームを。


******


「ね……うつるから、おそとであそんだほうがいいよ」

小さい頃の茂人はいつだって赤い顔をしていた。
おでこには熱冷ましの冷却シートを貼って、ベッドの上で小さくなっていた。

「いいんですよ、いまはみんなでおえかきしてますから」

僕はそんな事を言いながら、特に仲良しだったマキと瀬方を連れて、
寝てるだけの茂人の部屋で絵を描いたり折り紙をして遊んでいた。

「おれも、おさむさんかいてるし」
「マキもねー、おさむさんのえをかいてるの」

本当は外で遊びたいだろう二人も、茂人が部屋で寝てるからって、
今日はクレヨンと落書き帳を抱えて一目散にここに駆けてきた。
四人で部屋にいるほうが、外でかけっこやなわとびをするよりもずっと楽しかったから。

「……ありがとう」

布団に突っ伏したままの茂人がふにゃふにゃの笑顔を浮かべるのが、とにかく嬉しかった。
僕らにとっての茂人は大切な友達だった。大事な仲間だった。
だけど。

「しげと! しーげーと!」

ばんばんと窓を叩く音と、甲高い声。
つられて窓の外を見たら、そこには真っ赤な髪の男の子が立っていた。
なぐも、はるや。
後のマスターランク、『プロミネンス』のキャプテン。宇宙人ネームはバーン……様。
僕たちは昔からあまりその子が好きじゃなかった。
ガキ大将というか、粗暴な彼が怖かったのかもしれない。
だけど本当に一番嫌だったのは、彼がすぐに怒ることでも叩いてくることでもなかった。

「……はる、や?」

体を蝕む熱に震えながら、真っ赤な顔をして茂人はゆっくり体を起こす。
そして窓を開けて、寒い寒い風を浴びても嬉しそうに笑うんだ。
僕たちが大嫌いな、だけど茂人にしてみれば大好きな彼が会いに来たからって。
……そうだよ、だから嫌いだったんだ。
だってあのいじめっ子は、僕らの大事な友達が大のお気に入りで、
いつもいつも横から茂人を引っ張っていってしまうんだから!

「しげとがいないからつまんない。おまえもいっしょにサッカーしようぜー」

彼は窓の外から手を伸ばして、茂人のパジャマごと右手を引っ張った。
それに慌てたのは瀬方だった。描きかけの砂木沼さんも放り出して、二人の間を割った。

「なにしてんだよ! しげとはぐあいわるいんだぞ!」
「なんだよ。しげとはおれとサッカーするんだよ。な?」
「え……」

茂人は困ったような顔をしていたけど、見つめていたのは彼の方だった。
瀬方じゃなかった。僕でも、ましてマキでもなかった。
それが悔しくって、僕はベッドに片足を上げて、茂人と瀬方の間から顔を出した。
マキも僕にくっついて、べったり抱きついたまま口を挟む。

「いまはマキたちとあそんでるの」
「それに、いまはさむいから。まどをしめないと、またしげとのねつがあがっちゃいます」

彼は物凄く面白くなさそうな顔をして、僕らを無視して茂人の目だけを見た。
それからフンと鼻を鳴らして、肩をいからせながら窓も閉めずに立ち去ってしまった。

「……もう、まどぐらいしめてってよね!」

マキが怒りながら窓を閉める。瀬方はへっと鼻で笑って、ベッドに座り込んだ。
茂人は窓の外を見ていた。
窓の外、遠くなっていく彼と、その彼にぴったりと付いて離れない銀髪の子供を見ていた。

「……おれも、げんきだったら」

茂人は寂しそうに笑って、ゆっくりとベッドに沈んだ。

「みんなともあそべたのかな」

そう言った茂人は確かに僕らを見ていたけれど、きっと彼を思っていたに違いなかった。
だから僕らは彼が嫌いだった。だって子供のころからずっとそうだった。
僕らがどんなに茂人の手を引いたって、彼のせいでいつもいつも引き裂かれてしまうのだ。




それから何年かが経って、僕らは「エイリア学園」の使徒として父さんの駒になった。
マキも瀬方も茂人も、いつも僕らのお世話をしてくれていた砂木沼さんの――いや。
チーム名『イプシロン』のキャプテン、『デザーム様』の部下になった。


茂人……ヒートは病弱だから、エイリア石の力をもってしてもフルタイムは走れなかった。
だから女の子の風子、もといクリプトと交代で、前半後半を戦うようにしていた。
ヒートのメテオシャワーもガイアブレイクも、どっちも威力は凄まじくて、
それはもう頼りになる存在だったのだけれど、本人の健康問題だから仕方ない。

「後は任せなさい」
「クリプト、すまない」

ぱん、とハイタッチして、二人のポジションが入れ替わる。
クリプトはフィールドへ、ヒートはベンチへそれぞれ歩いていく。
それは至っていつも通りの試合風景だったけれど、今日は違った。
ヒートが歩いていく先には、僕らにとっての悪魔が待ってたんだから。

「……バーン様」

デザーム様の声がする。それから、床に落ちたボールが転がっていく音も。
僕は慌ててベンチを見た。そこには腕を組んで立っている、あのいじめっ子がいた。
彼が見ていたのは、昔窓を何度も叩いていた時と同じように、『茂人』だけだ。

「茂人!」

気安げに彼が『茂人』を呼ぶ。『ヒート』は戸惑ったような顔をして、足を止めた。

「バーン、様」

彼の顔は歪んだ。ヒートがそう呼んでくるとは思っていなかったようだった。
いつもそうだ。
彼は、大のお気に入りのあの子が、自分の言う事に逆らうはずがないと思っているのだ。
彼はそれから不機嫌さをまるで隠そうともせずにヒートに駆け寄って、
その黒いユニフォームを纏った右手をぐいぐい引っ張った。

「なぁ、お前もう元気なんだろ。走れるんだろ。だったら」

それはまるで昔と同じような口振りで、

「お前、プロミネンスに来いよ。俺のチームで一緒に戦おうぜ」

あの時みたいに、『茂人』の手を引いた。

「……なっ、そんなの認め――」

昔と同じように食ってかかろうとするゼルを、デザーム様が制する。
ゼルは信じられないとでも言うような目であのひとを見つめた。マキュアも同じだった。
だけどここで正しいのはデザーム様の方であって、僕らじゃない。
だって彼はマスターランクのキャプテンなのだ。
僕らがいくら口を挟んだって何も変わらない。彼の一言の方がずっとずっと重い。
全てが昔とは違う。
もっと圧倒的で残酷な力で、彼はまた僕らから大事な仲間を奪おうというのだ。

「……」

ヒートは困惑したような顔をしていたけれど、心はとっくに決まっていたに違いなかった。
だってヒートが、『茂人』が見ていたのは、いつだって彼の背中だったんだから!
何もできないでいる僕らを見つめて、最後に僕を見て、ヒートは目を伏せた。
そして無表情で言った。

「はい、バーン様」

喜びも悲しみも見えない表情をしたのは、僕らへの思いやりなのかもしれなかった。
彼はそれでも構わないようで、満足げな顔をしてヒートの腕をとる。
きっと、その結論を出した経緯なんかはどうでも良かったんだ。
『茂人』がイエスと言った、その結果だけが重要なんだろう。
彼はただ、お気に入りの玩具を側に置いておきたいだけなのだ。

「それじゃあ茂人は、今日からプロミネンスのメンバーだ。いいよな、デザーム」
「……はい」
「よし!」

嬉しそうにしているのは彼だけだった。それこそ花でも咲いたような満面の笑みだった。
デザーム様の声には感情なんか乗っていないのに、そんなのまるで気付かない。
ヒートだってさっきから彼を見ちゃいないし、ゼルたちは怒りを露わにしてるのに、
彼だけは本当に嬉しそうにヒートの手を握りしめていた。

「早く行こうぜ、茂人!」
「はい、バーン様……」

やがて二人は黒いもやの中に消える。姿形も見えなくなる。
最後の瞬間、ヒートはただ足元だけを見ていた……ような気がした。
何もかもがかき消えて、この場に居るのが『イプシロン』だけになってから、
マキュアはだんだんと地面を踏み鳴らした。

「マキュア、あいつ、嫌い!」

修練場に響き渡るマキュアの声。
あいつが誰かなんて言うまでもない。僕だって同じ気持ちなんだ。
何せ一人の我が儘で大事な僕らの仲間が連れ去られてしまったんだから。

「……ヒートは」

マキュアが僕を見て、言う。

「ヒートはマキュアたちより、あいつの方が大事なの」

その問いかけに答えるすべが、僕にはなかった。



イプシロンとしてのヒートを見たのは、その日が最後だった。


(続く)

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